大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)975号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審における未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入する。

但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検事作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人宇野峰雪作成名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

控訴趣意中、法令の解釈、適用の誤及び事実誤認の各論旨について。

所論は要するに、原判決は本件公訴事実中、第一の兇器準備集合の点について無罪を言い渡したが、右刑法二〇八条の二の一項の解釈、適用を誤り、かつ有罪と認定するに足りる証拠があるのに、証拠の価値判断を誤り、ひいて事実を誤認し、犯罪の証明がないとしたものであつて、以上の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというに帰する。

よつて案ずるに、原審の取べた証拠、とくに被告人の司法警察員及び検察官各調書(添付の写真を含む。)、被告人を逮捕した警察官である村田尚久の検察官調書三通並びに司法警察員平崎誠一作成の答申書謄本(いずれも、被告人側において証拠とすることに同意したもの)を総合すれば、被告人は昭和四三年一〇月二一日のいわゆる国際反戦統一行動デーに際し、反日共系全学連社学同統一派に所属する学生集団約八〇〇名が原判示の防衛庁本庁檜町庁舎(以下、防衛庁と略称する。)に対する抗議のための無許可集団示威運動を計画するや、同集団にいわゆるシンパとして参加したが、被告人を含む右学生集団は、ゲバ隊、すなわち丸太や角材を手にした部隊約二〇〇名、投石隊二〇〇名、ピケ隊約二〇〇名及びその他の一般学生をもつて編成され、被告人はたまたまビケ隊に所属していたこと、右学生集団の目的は、防衛庁を襲撃し、同庁の門扉等を丸太等で破壊し、かつ警備警官隊の制止を投石、丸太ないし角材による殴打等の暴行により排除して庁内に侵入し、一時これを占拠しようとするにあつたこと、被告人自身においても参加当時、右の目的を認識し、かつ他の学生らとともに、角材をもつて警察官を殴打するなどして同目的を遂行しようとする意思を有していたもので、これがため角材等を持つための手袋をはめ、自己の頭部を守るためのヘルメットをかぶり、手拭で覆面するなどの闘争スタイルをしていたこと前記学生集団中のゲバ隊は、長さ数メートルの丸太約一〇本を携帯していた外、ほとんど全員が長さ約二メートルの角材を携帯していたこと、右学生集団は前記の目的をもつて示威運動をしながら行進し、防衛庁に近づいたころ、ゲバ隊ないし投石隊の一部等がさらにコンクリートの塊を携帯し、同日午後五時一〇分ころ防衛庁正門前附近から西側道路一帯にかけ到着し、集結するや、直ちに先頭の一部の学生は、右正門の扉を破壊すべく丸太をもつて激突させるなどするとともに、正門内において警備態勢にあつた警官隊、警備車等に対し投石を開始するなどの行動に出たこと、その後学生らの破壊行為、投石行為等がますます激しさを加えたため、警官隊も同五時一五分ころ放水車から放水するなどして学生らの規制にあたり、両者衝突するに至り、警官隊は同三五分ころから同四五分ころまでの間最初の検挙態勢に入つたこと、その間被告人自身は前記五時一〇分ころの時点においては、前記正門から一二〇余メートル離れた路上でピケを張つていたが、同五時二〇分ころにピケ隊を離れて右正門前附近に近づき、ゲバ隊ないし投石隊に合流し、しかも乱闘現場において長さ約二メートルの角材一本を拾い、これを一〇数分間携帯し、身構えたりしていたこと並びに被告人が右角材を手にした目的は、警官隊が学生を追い散らすようなときに、反撃すべく警察官を殴打したりするためであつたことなどがいずれも確認できる。

以上の背景、状況及び事実関係において、被告人が共同加害の目的をもつて兇器を準備して集合した事実が認定できるか否かを検討する。

およそ刑法二〇八条の二の一項前段所定の兇器を準備して集合した罪(以下、本罪という)。は、通常二人以上の者が、他人の生命、身体又は財産に対し兇器を使用し共同して害を加えるという共通の目的をもつて、一定の時刻、一定の場所に集まつたという構成要件的状況のもとにおいて、自ら兇器を準備して「集合」した者について成立する。しかし、もともと本罪を処罰しようとする趣旨は、集団による暴力行動をこれに先だつ集合の段階で防圧しようということだけにあるのではなく、前記のような目的をもつた集合体に兇器が準備され、違法な集団が形成されて行くことが、とりもなおさず社会生活の平穏を侵害するという公共的危険をもたらすものであるからに外ならない点にかんがみれば、前記兇器を準備して「集合」した場合というのも、必ずしも前述のように共同加害の目的で予め自ら兇器を手にして集合した場合ばかりでなく、共同加害の目的で集合体に加わつた場合にその後暫くして初めて自ら兇器を準備した場合をも含むと解するのが相当であつて、この後者の場合には、その準備した時点において兇器を準備して「集合」した者として本罪が成立するというべきである。そして、右のように集合体に加わつた時点以降自らが兇器を準備した時点までの間において、たとえ集合体中の一部の者により、目的とする加害行為が開始されたとしても、なお、全体として加害目的を伴う兇器準備の集合状態が存続(本罪は、集合者各人について継続犯である)。している限り、本罪の成立が妨げられるものではない。けだし、このように解するのでなければ、前述のように本罪が予備罪的性格の外に集団による公共危険罪的性格を合わせもつものとされる趣旨を没却することとなりかねないからである。

以上の観点に立脚すれば、すでに認定したとおり、被告人は、前記のような防衛庁襲撃を目的とした学生集団に、当初から同目的遂行の意図をもつて参加したばかりでなく、丸太、角材、コンクリートの塊等の兇器を携帯した同集団が防衛庁正門前等に集結したのち、学生らと警察官らとの衝突中、被告人はゲバ隊ないし投石隊に合流し、警察官を殴打したりする目的をもつて角材を携帯し、身構えたりしていたものであるから、被告人は右角材を所持するに至つた時点において共同加害の目的をもつて兇器たる角材(弁護人は、被告人の手にした角材は兇器ではないというけれども、右角材は用い方によつて人を殺傷することのできるものであるから、いわゆる用法上の兇器にあたるものと解する。)を準備して集合した者として、本罪をもつて問擬されることは当然であるといわなければならない(もつとも、被告人は、丸太、角材等を携帯した学生集団が防衛庁正門前附近等に集結した時点において、すでに前述のような意図をもつてこれに参加していたものであるから、被告人にとつては、すでに右参加の時点において、刑法二〇八条の二の一項後段所定の兇器の準備あることを知つて集合した者として同罪が成立しているものと考えられるが、本件の場合、被告人はさらに進んで兇器を準備したものであるから、このような場合には、両者は包括して同条一項の一罪が成立するものと解すべきであるが、本件第一次訴因は、被告人の、角材を所持した時点以降の兇器準備集合の所為を対象としているものと解されるから、本件においては、右の所為、すなわち単純な本罪のみを認定すれば足るものと考える。)

しかるに、原判決は、本罪の成立するためには、共同加害の目的をもつて集合することが必要であるから、すでに共同加害の行為が開始されたのちこれに加担する場合には、集合以前に共同加害の目的実現の結果が生じているので、本罪の前提である構成要件的状況は失われていると解すべきであるとの見解に基づき、被告人が角材を手にした時点が、共同加害の実行行為が開始されたのちの段階であるゆえをもつて被告人に本罪の成立を認めることができないとし、又被告人に共同加害目的遂行の積極的意図を認めるに足る証拠十分でないとしたのであるが右は刑法二〇八条の二の一項の解釈、適用を誤り、かつ事実を誤認したものというの外なく、しかも以上の誤は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

控訴趣意中、量刑不当の論旨について。

原判決が有罪と認定した公務執行妨害罪の犯行並びに前記兇器準備集合罪の犯行の各態様、とくに右各犯行は計画的なかつ社会の法秩序を全く無視した傍若無人の過激な集団犯行の一環である点等に徴すれば、被告人の当審公判供述によつて認められる原判決後の被告人に利益な情状、その他弁護人指摘の被告人に有利とされる諸事情を参酌しても、原判決の量刑はいささか寛に過ぎるものというの外なく、検察官の論旨はこの点においても理由がある。

よつて本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い直ちに自判する。

(原判示の公務執行妨害罪の事実に加え、当裁判所の新たに認定した兇器準備集合罪の事実)

原判示冒頭から五行目以下九行目までの「そして、被告人を含む多数の学生集団……行動を開始した。被告人は、」の部分を、そして、被告人を含む多数の学生集団(約八〇〇名)は、共同して、東京都港区赤坂九丁目七番四五号所在の防衛庁本庁檜町庁舎(以下、防衛庁と略称する)。に、その門扉等を破壊し、かつ警察官らの制止を投石、殴打等の暴行により排除して侵入しようと企て、同日午後五時一〇分ころ防衛庁正門前から同庁西側道路(右正門前から竜土門先のレストラン・ジョージ曲り角前までの道路)にかけて、右企図実現の用具とするため、多数の丸太、角材及びコンクリートの塊等を携えて集結し、直ちにその一部学生は防衛庁正門突破のため丸太をもつてこれに激突させ、或いは同正門内の警察官らに対し投石するなどの行動を開始した。

被告人は、

第一、午後五時二〇分ころ、同庁正門前附近で、警察官を殴打するなどの目的をもつて、角材一本を所持してこれに加担し、もつて他人の身体及び財産に対し、共同して害を加える目的をもつて、兇器を準備して集合した。」

と訂正、新たに認定し、従つて、原判示冒頭から九行目の「……午後五時二五分ころ」の前に、「第二、」を挿入する。(右兇器準備集合罪の事実の証拠)〈略〉

(法令の適用)

当裁判所が新たに認定した事実及び原判決が認定した事実に法令を適用すると当裁判所が認定した兇器準備集合の所為は刑法二〇八条の二の一項前段、罰金等臨時措置法二条、三条(懲役刑選択)に原判示の公務執行妨害の所為は刑法九五条一項(懲役刑選択)にそれぞれ該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条によつて重い後者の罪の刑につき法定の加重をなした刑期の範囲内において被告人を主文第二項掲記の刑に処し、なお、原審の未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、執行猶予につき同法二五条一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 石田一郎 藤井一雄)

検察官高橋正八の控訴趣意

原審は、被告人に対する公訴事実中、第一の兇器準備集合の点について、無罪を言渡し公訴事実中第二と同旨の公務執行妨害の事実について「被告人を懲役四月に処する。未決勾留日数のうち四〇日を右の刑に算入する。この裁判の確定した日から一年間右の刑の執行を猶予する。」旨の判決を言渡したが、右判決は、まず、公訴事実第一を無罪としたことについて法令の解釈適用の誤り、および事実の誤認がある。

すなわち、原判決は、公訴事実第一における被告人が兇器を準備して集合した旨の第一次的訴因に対する判断において、「兇器準備集合罪は、共同加害の目的で集合することが必要であるから、すでに共同加害の行為が開始されたのち、これに加担する場合には、集合以前に共同加害の目的実現の結果が生じているので、兇器準備集合罪の前提である構成要件的状況は失われていると解すべきである」として、たとえ、集団の一部においてであつても、現実に共同加害行為が、開始されたのちにおいては、その集団の全部について、共同加害の目的の集合状態は直ちに終了し、その後角材を所持してその集団の共同加害行為に加わつた被告人には兇器準備集合罪の成立を認める余地がないかの如き見解を示しているが、これは、刑法二〇八条の二の解釈を誤つたものであり、現実の多数者の集合体にあつては、時々刻々集団の一部は、あるいは離脱し、あるいは新たに加わりながら集合し、次第に共同加害行為の実行に移行するという実態に適合しないところの誤つた見解であり、この点において原判決には法令の解釈適用の誤まりがある。

もつとも、原審で、検察官は、被告人が右に述べたように自ら角材を所持して集団の共同加害行為に加わつた時点に先立ち、被告人がいまだ自ら角材を持つてはいないが、他に兇器が準備されていることを知つて集団に加わつた時点をとらえて、被告人が兇器の準備あることを知つて集合した旨の第二次的訴因を追加したが、原判決は、この訴因に対する判断にあたつて、「兇器準備集合罪にいわゆる『共同して害を加える目的をもつて集合したる場合』とは、二人以上の者が他人の生命、身体、財産に対して共同して害を加える目的で集合しているという状況の認識だけではなく、自らもその目的を遂行する意思をもつて集合した場合であることが必要であり、右目的の認識はあつたが、自らは単に気勢をそえる目的で集合した場合、単にこれを幇助するという目的で集合した場合は含まれないと解するのが相当である」との見解を示した上、被告人は、自ら防衛庁本庁檜町庁舎(以下防衛庁と略称)の門扉、堀などを破壊し、また警察官の制止を投石、殴打等の暴行により排除して同庁舎内に自ら侵入しようという積極的な意図があつたとはたやすく認めがたく、たかだかピケを張ることによつて、正門前の学生集団の行動を幇助する意思があつたものにすぎないものと認め、第二次的訴因を排斥している。原審の前記共同加害目的に関する法律解釈は必ずしも適正でないのみならず、訴訟記録によつても、被告人が積極的な共同加害の意図があつたことを認定すべき幾多の証拠が存在するにもかかわらず、これを無視して原判決が被告人を無罪としたことは、全く承服しがたいところであり、この点においても原判決は法令の解釈適用を誤まり、かつ証拠の判断を誤まり、重大な事実の誤認をしたものといわざるを得ない。

以上の法令の解釈適用の誤まりおよび事実の誤認はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであり、さらに原判決が、被告人に対する量刑の点について、検察官による懲役一年の求刑にもかかわらず、被告人を懲役四月に処し、一年間刑の執行を猶予する旨の言渡しをしたことは、量刑軽きに失する不当の判決であり、以上の諸点から、原判決は破棄を免れないものと思料する。

よつて、以下その理由の詳細を明らかにする。

第一、原判決は、刑法二〇八条の二の解釈を誤まり、従来の判例の立場にも反する。

一、共同加害の行為が開始されたのちの

加担について

原判決は、「兇器準備集合罪は、共同加害の目的で集合することが必要でるから、すでに共同加害の行為が開始されたのち、これに加担する場合には、集合以前に共同加害の目的実現の結果が生じているので、兇器準備集合罪の前提である構成要件的状況は失われていると解すべきである」との見解を示したうえ、被告人が角材を手にしたのは午後五時二〇分前後の十数分間であつて、すでに学生集団による防衛庁内への投石等の共同加害の実行行為が開始された時(午後五時一〇分前後)から後の段階であることが明らかであるとして、被告人について兇器準備集合罪の成立を否定した。たしかに、午後五時一〇分前後には、学生集団中の、防衛庁正門前に達した先頭のいわゆる投石隊の一部が、防衛庁内に待機する警察官と警備車両に対する投石を開始した段階であることが明らかであるが、学生集団の目的は、防衛庁の門扉、塀などを破壊し、かつ警察官らの制止を投石、殴打等の暴行により排除して防衛庁に侵入しこれを占拠することにあり、その後、投石隊の前記投石行為に引き続き丸太棒等を携行したいわゆるゲバ隊による防衛庁正門の破壊行為、同守衛所、燃料倉庫、工事用運用門等の破壊行為、歩道用の敷石を破壊して投石用のコンクリート破片を準備する行為等の激しい行為が継続して行なわれており、その間午後五時二〇分前後に、それまでいわゆるピケ隊に入つていた被告人が防衛庁正門前のいわゆる投石隊、ゲバ隊と合流し角材を手にして、集団の一員として投石等による共同加害行為に加わつたのである。

本件のような約八百名にもおよぶような大集団の場合、その共同加害行為の態様は複雑なものとなり、時々刻々集団の一部は、あるいは離脱し、あるいは新たに加わりながら集合し、次第に共同加害行為の実行に移行するのが常であつて、原判決のように、すでに共同加害の行為が開始されたのち、これに加担する場合には、集合以前に共同加害の目的実現の結果が生じているので、兇器準備集合罪の前提である構成要件的状況は失われている」と断言することは、極めて不合理な解釈であるといわねばならない。

兇器準備集合罪は、原判決も認めるように「予備罪的性格の特別規程」であるとともに「公共危険罪的性格」をもあわせ持つものであり、兇器を持つ集団の集合行為自体に公共危険性を認め、これらのものを同罪で検挙、処罰して、社会の平静を維持することを重要な目的とするものであるが、原判決のようにその集団の一部においてであつても、共同加害の行為が開始されたのちは、兇器準備集合罪の成立を一切認めないとの見解をとれば、いかに兇器を準備して集合するものが増加しても、共同加害の行為と集合の状況によつては、これを必ずしも共同加害の行為の共犯者として検挙、処罰し得ない場合も考えられるわけであるが、これを一切兇器準備集合罪によつて、検挙、処罰することができないという不合理な結果を生ずることとなり、折角、兇器準備集合罪の規定の設けられた趣旨は失われてしまうこととなる。もちろん、実際問題としては、集団による共同加害の行為の開始があれば、その後遅れて集団に加わり共同加害行為に加功した者につき、兇器準備集合罪の適用を考慮する余地のない場合も多いと思われるが、しかしながら、集団による共同加害の行為が開始されても、なお多数の者が共同加害の目的をもつて兇器を準備し、集合しているという状態が続く限り、その公共危険罪的性格の可罰性にかんがみ、兇器準備集合罪の前提である構成要件的状況は決して失をれておらず、これに加担する者には兇器準備集合罪が成立すると解するのが相当である。

兇器準備集合罪は、「予備罪的性格」を有してはいるが、決して「予備罪」そのものではないのであり、原判決のように、共同加害の行為が開始されたのちは兇器準備集合罪が一切ありえないとの見解は誤まつた法律解釈である。従来の判例もこれを裏付けているものと考えられるのであり、昭和三八年一〇月三一日最高裁判例は、兇器準備集合罪と暴力行為等処罰に関する法律違反の罪との関係につき、「兇器準備集合の罪は他人の生命、身体又は財産に対する共同加害の予備的状態を罰するものであつて、その後他人の生命、身体又は財産に対する加害行為の着手があつた場合においては各具体的犯罪構成要件を充足した各刑罰法条を適用するをもつて足り予備行為である兇器準備集合の罪は後の犯罪行為に吸収せられると解するのが相当である。」との弁護人の上告趣意を排斥し、両罪を併合罪としている(昭和三八年(あ)第一一七九号昭和三八年一〇月三一日最高裁第一小法廷決定――最高裁判集一四八号、一〇六五頁。なお昭和四二年(あ)第二二七七号昭和四三年七月一六日最高裁第三小法廷決定――最高裁判集一六八号も同旨である。)。

二、共同加害の目的について、

原判決は「共同して害を加える目的をもつて集合した場合」とは「二人以上の者が他人の生命、身体、財産に対して共同して害を加える目的で集合しているという状況の認識だけではなく、自らもその目的を遂行する意思をもつて集合した場合であることが必要であり、右目的の認識はあつたが、自らは単に気勢をそえる目的で集合した場合、単にこれを幇助するという目的で集合した場合は含まれないものと解するのが相当である。」との見解を示しているが、これは従来の判例にも反し「共同して害を加える目的」について不当な厳格性を要求する誤まつた法律解釈である。すなわち、昭和三九年八月一一日大阪高裁判決(下級裁判所刑事裁判例集六巻七・八号八一六頁ないし八二一頁)は、(共同して害を加える目的とは、二人以上の者が共同実行の形で実現しようとする加害行為の結果の発生を確定的に認識し、更にこれを積極的に意欲して行動に出る意思までを必要とするものではなく、結果の発生を確定的に認識し、あるいは、その発生の可能性を認識して、あえて行動に出る意思があれは足り、又、その意思も相手方の行為その他の事情を条件とし、条件成就の時には加害行為に出ると決意することで足りる」と判断し、自ら行動に出る意思まで要求していないのである。

多数の者が共同して害を加える場合において、集団の共同加害行為を集団中の各自がどのように役割分担し、どのように遂行するかは、種々の場合において異なつており、特に大集団の場合、各自の具体的行動は情況に応じて千差万別のものにならざるを得ない。一応の役割分担や行動計画が定まる場合でも各自の具体的行動は集合前に各自が決めることではなく、集合後にはじめて集団の指揮、指導者から与えられるのが普通であり、また一応の役割分担や行動計画が定められた場合でも、それはあくまでも一応のものとして、混乱状態の中での現実の行動はかなり違つたものとならざるを得ない場合が多いのである。各自が共同して害を加える目的をあらかじめ有していなければならないとしても、その意思の内容は、自分が一員として加わる集団が全体として、すなわちその構成員が相より相助けて加害行為を行なうものであることを認識し、認容しているということであり、その限度のもので足ると考えるべきである。原判決の要求するように、集合するにあたつて、各自があらかじめ気勢をそえるだけであるとか、幇助の役割を果たすなどということをそれぞれ勝手に決められるものであろうか。あくまでも共同加害の目的がないならば、はじめから集団に加わらないか、または速やかに集団から離脱しなければならないのであり、共同加害の目的を有する集団であることを知り、敢てその一員として集団に加わつている以上、兇器準備集合罪の刑責を免れないことは当然であると考える。従来、刑法上の「目的」の語については、これを認識ないし認容と同義に解するとの見解が確立されていて、原判決のように特異な厳格な制限的解釈を示すことは、不当である。たとえば、刑法二四七条の背任罪における加害目的について、昭和三〇年一〇月一一日東京高裁判決(高裁判例集八巻七号九三四頁)は本人に財産上の損害を加えるべきことの予見があれば足り、特にこれを希望することを必要としないとし昭和三一年一二月二五日名古屋高裁金沢支部判決(裁判特報三一年三巻二四号一二五一頁)も損害発生の可能性に対する認識があれば十分であるとしているとおりである。

なお、原判決の「本罪が本来予備罪的性格の特別規定である点にかんがみ、共同加害の目的で集合した場合に幇助の意思で集合した場合も含ませることは本罪の解釈適用を不当に拡張するものである」との趣旨は必ずしも明確ではないが、集団の中にあつては集団の統制と現実の経過が支配するのであり、各自の主観的な恣意的な役割分担の意思のいかんによつて、刑責が左右されるいわれはないと考える。

以上の次第により、原判決が認定したように、公判廷における被告人の弁解どおり、かりに被告人は当初自ら手を下して防衛庁の門扉、塀などを破壊し、また警察官の制止を投石、殴打等の暴行により排除して同庁舎内に自ら侵入しようという積極的な意図があつたと認め難く、たかだかピケを張ることによつて、正門前の学生集団の行動を幇助する意思があつたにすぎないとしても、後に詳しく述べるように、被告人は約八百人の学生集団の力によつて防衛庁庁舎に侵入し占拠するとの方針のもとに数々の共同加害行為が行なわれることを十分に認容して集団に加わつたのであり、しかも実際には防衛庁正門前において他の者と一緒に自ら角材を持ち、警察官に対して投石するなど激しい行動をしているのであるから、被告人は兇器準備集合罪の刑責を免れないものである。

第二、事実の誤認について

原判決は、被告人は本件当日午後五時一〇分前後において、自ら防衛庁の門扉、塀などを破壊し、また警察官の制止を投石、殴打等の暴行により排除して同庁舎内に自ら侵入しようという積極的な意図があつたとはたやすく認めがたく、たかだかピケを張ることによつて、正門前の学生集団の行動を幇助する意思があつたものにすぎないと判断している。原判決が右の判断をした理由を想像すれば、その前段で述べている趣旨は必ずしも明確ではないが、主として、当初被告人が学生集団中いわゆるゲバ隊、投石隊に加わらず、もつぱらいわゆるピケ隊として現場付近を見張り関係者以外の者がデモの中に入り込むのを防ぐなどの役割を負わされたということにあると考えられる。しかしながら、右認定は、次に述べる理由から、全く誤まつたものといわなければならない。

一、昭和四三年一〇月二一日のいわゆる一〇・二一国際反戦デーの全学連統一行動に際しいわゆる反帝全学連社学同統一派の学生は事前に丸太、角材などで武装して暴力によつて防衛庁へ突入することを企図し、これを効果的に遂行するため、丸太を携行する決死隊、角材を携行する突撃隊を編成し、丸太等を準備し、同月一九日ごろにはその予行演習まで行なつていた。

被告人は、かねてから同派の思想に共鳴しその支持者として行動していたが、共産主義者同盟発行の機関紙等から、右学生らの計画を知り、自らも右学生集団の一員として防衛庁の門扉などを破壊し、また警察官の制止を投石、殴打等により排除して同庁舎内に侵入する行動に参加することを決意し、その際の警察官との衝突に備え、角材を持つための手袋、自らの頭を守るためのヘルメット、覆面用手拭等を携え、ジヤンバー、運動靴のいわゆる闘争スタイルで当日の中央大学における同派の集会に参加した。

被告人は、さらに右集会において、指導者の「防衛庁を攻撃して占拠しよう」とのアジ演説を聞き、準備された丸太、角材等を見て自らも警察官を角材で殴打するなどしてこれを排除したうえ、防衛庁に突入する決意を固めた。

さればこそ、被告人は右のアジ演説が終るや、角材を準備してある壇の付近へ角材を取りに行つたところ、一足先に他の学生らに持去られた後であつたため、投石によつて警察官の制止を排除することに決め、デモ隊に加わつて行動を起したのである。

以上のように、被告人自ら、防衛庁の門扉などを破壊し、また警察官の制止を投石、殴打等の暴行により排除して同庁内に侵入しようという積極的な意図があつたことについては、被告人の検察官に対する供述調書において明白に述べているばかりでなく、多数の学生らと防衛庁に侵入しようとしたものであることは公判廷においても自認するところである。もつとも被告人は、公判廷において、警察官らの制止を排除する意図はなかつたと弁解しているが、被告人は一方では、防衛庁に簡単に入れるとは思わなかつたとも述べているところから見れば、学生集団の防衛庁侵入を警察官らから制止されることは被告人自らも当然予期していた筈であり、それにもかかわらず、被告人が多数の学生集団とともに防衛庁侵入を企図しながら、警察官らの制止を暴行により排除する意図がなかつたと弁解するのは、前後矛盾するものであり、原判決も認定しているように実際には、被告人が防衛庁前に到着してから現に角材を手にし、警察官に投石している事実からみても、単なる弁解のための弁解に過ぎないというべきである。

二、被告人が、本件当日学生集団のデモ隊に参加し中央大学から防衛庁に到着するまでの間に、デモ隊先頭のリーダーからゲバ隊、投石隊でなくピケ隊に編入され、同日午後五時一〇分ごろゲバ隊、投石隊等の学生集団が防衛庁正門付近で門内の警察官等に投石などを開始した時点においては、被告人自身は他のピケ隊員らとともに防衛庁正門から西方約一一八米はなれたレストランジョージ横路地付近でピケを張つていたことはほぼ原判決認定のとおりである。

しかしながら、原判決が、このピケ隊の役割について、現場付近を見張り、関係者以外の者がデモの中に入り込むのを防ぐに過ぎなかつたと認定しているのは事実に反する。なるほど、被告人は公判廷においてピケ隊の目的は、一般人がデモ隊の中に入ると怪我するので、入らないように注意することであろうと供述している。

しかし、都電の通行も出来ないような状態の中に一般通行人が危険を冒して入るようなことは到底考えられず、被告人らの付近路地に配置されたピケ隊四〇名位の中には角材を持つたゲバ隊も一〇名位おり、そのうち一人は丸太をもつていたことからみて、いわゆるピケ隊の任務が、一般通行人を対象とするものとは到底考えられないところであつて、その対象は警察官であり、その行動を暴力により阻止する任務を帯びていたと考えるのが自然である。もともと被告人がピケ隊に編入されたのは、被告人の意思によるものでなく、たまたま被告人の位置していた部分がピケ隊に区分されたに過ぎず、学生集団のデモ隊が防衛庁手前で一時停止し、歩道の敷石を割つて投てき用のコンクリート塊等を準備した際、被告人自身も防衛庁内の警察官らに対し、投石するつもりでありながら、その場所でコンクリート塊等を持たなかつたのは、防衛庁前まで行けばコンクリート塊等はいくらでもあると思つたからであり、被告人は、その後被告人が配置された前記ピケ隊の位置には僅か五分程止つただけで、さらに警察官等に投げつけるためのコンクリート塊等を拾うため防衛庁正門に向つて前進したうえ、原判決も認定するとおり、路上に発見した角材を警察官を殴打するための兇器として手に取り、これを携えたままさらに防衛庁正門前付近で、コンクリート塊等を拾い、警察官らに対しこぶし大のコンクリート塊を八回位投げつけているのである。

以上の被告人の当日の行動の経過をみると、被告人自らも防衛庁の門扉、塀などを破壊し、また警察官の制止を投石、殴打等の暴行により排除して侵入しようという積極的な意図があつたことは明らかに認めることが出来るというべきである。しかも、被告人は警察官に対する供述調書においても、また検察官に対する供述調書においてもその意図のあつた旨認めているのにかかわらず、原判決は全くこれを顧慮することなく、漫然と公判廷の不合理な弁解のみを採用し、被告人には前記のような積極的な意図がなく、たかだかピケを張ることによつて、正門前の学生集団の行動を幇助する意思があつたものにすぎないと判断したのは、明らかに事実を誤認したものである。(その余の控訴趣意は省略する)

(参照)原審判決の主文ならびに理由

主文

被告人を懲役四月に処する。

未決勾留日数のうち四〇日を右の刑に算入する。

この裁判の確定した日から一年間右の刑の執行を猶予する。

本件公訴事実中、兇器を準備して集合したとの点、および兇器の準備あることを知つて集合したとの点は、いずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、日大農獣医学部食品工学科三年在学中の学生であるが、昭和四三年一〇月二一日のいわゆる国際反戦デーに際して、反戦の意思を表明するため、防衛庁に侵入する計画のあることを知り、自らも防衛庁抗議の集団示威通動に参加した。

そして、被告人を含む多数の学生集団(約八〇〇名)が、同日後五時一〇分ころ東京都港午区赤坂九丁目四五番の防衛庁檜町庁舎正門前の道路上に集合し、その一部学生は同庁正門突破のため正門内に待機していた警察官らに対して投石などの行動を開始した。

被告人は、午後五時二五分ころ同庁正門前付近路上で、同所にいた学生らと互いに意思を通じて、学生集団が同庁舎内に乱入するのを阻止することなどのため、同庁舎構内の正門付近で、警備の任務に従事していた警察官および警備車両に対し、こぶし大のコンクリート塊、石を八回位投げつけて暴行を加え、右警察官の前記職務の執行を妨害した。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法九五条一項にあたるので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右の刑に算入する。情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から一年間の右の刑の執行を猶予する。

(無罪部分の理由)

本件公訴事実中第一の第一次的訴因は、

「被告人は、多数の学生とともに、防衛庁本庁檜町庁舎に、その門扉、塀などを破壊し、かつ警察官らの制止を投石、殴打等の暴行により排除して侵入しようと企て、昭和四三年一〇月二一日午後五時すぎころ、東京都港区赤坂九丁目七番四五号所在の同庁舎西側道路(同庁正門前から竜土門先のレストランジョージ曲り角前までの道路)に、学生ら多数が前記企図実現の用具とするため、多数の丸太、角材およびコンクリート塊などを携えて集結した際、それぞれ角材一本を所持してこれに加わり、もつて他人の身体および財産に対し共同して害を加える目的をもつて、兇器を準備して集合したものである。」

というのであり、

第二次的訴因は、

「昭和四三年一〇月二一日午後五時一〇分ころ、前記防衛庁本庁檜町庁舎西側道路(同庁正門前から竜土門先のレストランジョージ曲り角までの道路)に、学生ら多数が、前記企図実現の用具とするため、多数の丸太、角材およびコンクリート塊などを携えて集結した際、他人の身体および財産に対し、共同して害を加える目的をもつて、右兇器の準備あることを知つてこれに加わつたものである。」というのである。

一、第一次的訴因に対する判断

兇器準備集合罪は、共同加害の目的で集合することが必要であるから、すでに共同加害の行為が開始されたのち、これに加担する場合には、集合以前に共同加害の目的実現の結果が生じているので、兇器準備集合罪の前提である構成要件的状況は失われていると解すべきである。

ところで、本件について考えると、判示認定のためさきに挙示した証拠によると、被告人が判示の日に検察官主張の兇器である角材を手にしたのは、午後五時二〇分前後の一〇数分であつて、すでに学生集団による防衛庁本庁檜町庁舎内への投石等の共同加害の実行行為が開始された時(午後五時一〇分前後)からのちの段階であることは明らかである。

してみれば、被告人が角材を所持した時点においては、すでに兇器準備集合罪の構成要件的状況が存在しなかつたのであるから、被告人が角材を所持したことによる兇器準備集合罪の成立を認めることはできない。

二、第二次的訴因に対する判断

つぎに、兇器準備集合罪にいわゆる「共同して害を加える目的をもつて集合した場合」とは、二人以上の者が他人の生命、身体、財産に対して共同して害を加える目的で集合しているという状況の認識だけではなく、自らもその目的を遂行する意思をもつて集合した場合であることが必要であり、右目的の認識はあつたが、自らは単に気勢をそえる目的で集合した場合、単にこれを幇助するという目的で集合した場合は含まれないものと解するのが相当である。なるほど、兇器準備集合罪は、公共危険罪的性格を一面にもつのであるが、本罪が本来予備罪的性格の特別規定である点に鑑み、共同加害の目的で集合した場合に幇助の意思で集合した場合も含ませることは本罪の解釈適用を不当に拡張するものであつて、相当でないと解する。

ところで、判示認定に用いた前掲証拠によると、被告人は、判示の日に午後二時ころ東京都千代田区神田駿河台の中央大学に集り、防衛庁抗議の集団示威運動に参加したが、学生集団(約八〇〇名)が同日午後三時四五分ころ中央大学を出発し、防衛庁に到達するまでの間に、被告人は、デモ隊先頭のリーダーから、ゲバ隊(約二〇〇名)、投石隊(約二〇〇名)ではなく、ピケ隊(約二〇〇名)として現場付近を見張り、関係者以外の者がデモの中に入り込むのを防ぐなどの役割を負わされ、角材も、石も所持することなく、また道路敷石をはがすというようなこともなく、ゲバ隊、投石隊に続いてデモしたこと、検察官主張の午後五時一〇分ころ学生集団が前記防衛庁正門前に集合した時点においては、被告人自身は前記正門から西方約一四〇メートルも離れた路上でピケを張り前記役割を果したこと、そのご正門前に来て判示の犯行をし、午後五時四〇分ころ公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕されたことが認められる。右認定に徴すれば、同日午後五時一〇分前後において、被告人自らも前記防衛庁本庁檜町庁舎の門扉、塀などを破壊し、また警察官の制止を投石、殴打等の暴行により排除して同庁舎内に自ら侵入しようという積極的な意図があつたとはたやすく認めがたく、たかだかピケを張ることによつて、正門前の学生集団の行動を幇助する意思があつたものにすぎないというべきである。

してみれば、被告人が同日午後五時一〇分ころ防衛庁本庁檜町庁舎西側道路上に、他人の身体および財産に対し、共同して害を加える目的をもつて集合したという点について、その証明が十分でないから、第二次的訴因も採用しがたい。

結局本件公訴事実中兇器準備集合の点は、第一次的、第二次的訴因のいずれも犯罪の証明がないこととなるので、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し右の点について無罪の言渡をする。

昭和四四年三月一四日

東京地方裁判所刑事一八部二係

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